創業から戦前まで
海運業の立ち上げと環境事業参入
1909(明治42)年 | 初代田尻儀八、日本郵船の欧州航路より下船、現在の横浜市中区元町5丁目207番地で、 はしけを扱う海運業を立ち上げる。 のちに「田尻組」を立ち上げ、横浜市のし尿収集業にも参入。 |
1918(大正7)年 | 元町から伊勢佐木町7丁目に移転。 |
1924(大正13)年 | 関東大震災の翌年、伊勢佐木町から南太田町西中耕地(現在の南区三春台)に移転。 |
1940(昭和15)年 | 初代儀八死去。 二代目田尻次雄(のちに「友作」に改名)社長就任。 |
戦後から昭和の終わりまで
株式会社への改組と海運業からの撤退
1950(昭和25)年 | 「田尻組」を「横浜興業株式会社」に改組し、はしけ船事業と横浜市委託清掃事業を拡大継続。 |
1957(昭和32)年 | 給排水設備工事とメンテナンスを目的とした「都市拡業有限会社」を設立。 |
1961(昭和36)年 | 海運事業を「田尻海運有限会社」に、委託清掃事業を「田尻興業有限会社」に分社化。 |
1968(昭和43)年 | 「田尻海運株式会社」として、出光石油の原油を運ぶ内航タンカー事業を展開。 |
1969(昭和44)年 | 委託清掃業を辰巳組に売却し、「田尻興業有限会社」は解散。 |
1979(昭和54)年 | 横浜港の完全コンテナ化で、艀船業から撤退。 |
1981(昭和56)年 | 「都市拡業有限会社」を「都市拡業株式会社」と改組。 |
1984(昭和59)年 | 三代目田尻惠保、入社。 すべての海運事業からの幕引きの役を任される。 |
平成から令和へ
水改質技術との出会いと企業再編へ
1989(平成元)年 | 田尻惠保 「都市拡業株式会社」社長就任。 |
1994(平成6)年 | セラミック水改質装置「ザ・バイオウォーター®」の総販売元の事業を開始。 |
2001(平成13)年 | ザ・バイオウォーターの販社「株式会社エランビタール」を設立。 (現ティーケイケイエボリューション株式会社) |
2004(平成16)年 | 「ザ・バイオウォーター®」の工業技術化の事業プランが、 「よこはまビジネスプラングランプリ」大賞を受賞。 |
2006(平成18)年 | 社内に研究開発室を設置。二代目友作死去。 |
2009(平成21)年 | 創業100年を迎える。 「100年記念事業」としてボトル用水改質器具「エランビタール」、 水溶性切削油改質装置「アクアヴェリテ」、 尿石除去剤「BW アースクリーン」の3製品開発に着手。 |
2011(平成23)年 | 「ザ・バイオウォーター®」の製造元の契約締結。 ボトル用水改質器具「エランビタール」が「かながわビジネスオーディション2011」に入選。 |
2013(平成25)年 | 横浜知財みらい企業認定(切れ目なく現在も継続)。 |
2014(平成26)年 | 「給水管の赤錆劣化対策」の市場をターゲットに、「酸化被膜工法®」の本格的営業展開を開始。 |
2017(平成29)年 | 国土交通省の新技術認定「NETIS」に登録(KT-160125-A)。 「かながわ産業Navi大賞」奨励賞を受賞。 |
2019(令和元)年 | 創業110周年を迎える。 |
2020(令和2)年 | 「NETIS」登録番号が(KT-160125-VR)に変更認定。 ティーケイケイホールディングス(株)を設立。 |
2021(令和3)年 | 大阪府建築士会、優秀賞受賞。 ティーケイケイエンターテイメント(株)設立。 「優良100年企業表彰」を受賞。 |
2022(令和4)年 | 都市拡業(株)がティーケイケイエンジニアリング(株)、 (株)エランビタールはティーケイケイエボリューション(株)にそれぞれ名称変更。 新代表就任とともにTKKグループとして再編成に着手。 |